太平洋戦争中の音楽事情(3)

 (昨日の続き)
 インターネットで情報が瞬時に伝わる現在と違い、極東から遠く離れた欧米の音楽情報を知るのには様々な困難があったと思う。そんな中でも「音楽之友」誌上には、戦時中にもかかわらず敵国であるはずのアメリカやイギリスを含む欧米の最新ニュースも断片的ながら掲載されていて感服させられる。例えば昭和十七年一月号には「今シーズンのフィラデルフィア交響楽団」として当時のプログラムが載っている。主な出演者を挙げてみると

指揮者は、正指揮者オーマンディ、客演指揮者ビーチャム、サー・アーネスト・マクミラン(カナダ、トロント交響楽団の指揮者)。独奏者はラフマニノフパウル・ヴィットゲンシュタイン(ヴラヴェルが左手のための協奏曲を捧げたピアニスト)、アルトゥール・ルービンスタイン、エドアルド・キレニー、クライスラー、ヅィムバリスト、ミルスタイン、フォイヤーマンなど。

こんな演奏会をやってるんなら聴きに行きたいですなぁ(溜息)。上記と同じ号にはシカゴ響の演奏会の出演者の名前もある。こちらには

キレステン・トルボルグ、ユッシ・ビヨルリンク、クローディオ・アッロー、ベラ・バルトーク、ロベール・カザドゥシュ、ホロヴィッツラフマニノフダリウス・ミヨー、ギオマル、ノヴァエス、パートレッドとロバートソン、エルマン、ハイフェッツクライスラー、ミルスタイン、エリカ・モリーニ、ヅィーノ・フランチェスカッティ、プリモローズ(ヴィオラ)、ピアティゴルスキー、カルロス・チャヴェス(作曲家)

こんなのを戦時中のアメリカ人は聴いてたんですね…。
 このような演奏会の様子と共に、世界の新しい動きについてもきちんと伝えている。昭和十七年十一月号ではアメリカ帰りの渋沢一雄が「ストコフスキーがディズニーと組んで『ファンタジア』を作っていた。」と述べているし、昭和十八年一月号ではソ連のコンクール事情に触れ(津川主一:「ロシヤに於ける音楽オリムピヤァドとコンクウル」)、その中で1933年の「全連邦音楽演奏コンクール」の入賞者としてギレリスやオイストラフを紹介している。これはソ連以外で彼らを紹介した記事としてかなり古いものではないか。また昭和十六年十二月号には「プロコフィエフがさいきん第5ピアノ・ソナタを書き上げて米国に送った。この冬、ホロヴィッツによって初演される予定。」とある。今なら「プロコの新曲キター!!(AA略)」とか「ホロヴィッツ初演(n'∀')nキタワ--!」みたいにネット上を情報が駆けめぐるところだろうが、このような聞くだけで熱くなるようなニュースが最近のクラシック音楽界にはないんだなぁ…。
 ともあれ、3日間にわたり「音楽之友」の記事で個人的に特に面白く読めたごく一部だけを列挙してみたが、私がここで取り上げたもの以外にも興味深い記事が並んでいるので、戦時中の音楽界について関心を持たれた方は是非「昭和戦中期の音楽雑誌を読む」を訪問されては如何でしょうか。